【体験report#04】One day cafe.kyoto ~気づき。「ふつうの人達」をひとまとめにして差別していたのかもしれない(後編)
- onedaycafekyoto
- 2017年6月29日
- 読了時間: 3分
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ライターであり当事者のしょーこさんからOne day café.kyotoの体験談をいただきました。
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【体験report#04】
One day cafe.kyoto ~気づき。「ふつうの人達」をひとまとめにして差別していたのかもしれない

私は「ふつうの人達」は私たち発達障害者に手を焼いていると思っていた。
見た目では普通だし、でも面倒なところがある。もしくは興味がない、存在を知らない。そういう認識を持つのが「ふつうの人達」だと思っていた。
だから、私は発達障害者同士で交流し、世の中に情報を発信し、理解と妥協点を探るべきだと思っていた。
でも、そんなことはなかった。「ふつうの人達」は「ふつうの人達」じゃない。
一人一人違う。
そんな当たり前のことが私には見えていなかった…… それはきっと無意識の差別に近い感情だ。
私は「ふつうの人達」を一まとめにして差別していたのだ。
今目の前にいる人たちは、ただ関心を持って勉強や交流をしようとしてくれているのに。 そして悲しくなった。 世間の人みんながこんな風に思ってくれているのではない。けれど、自発的に興味を持ってくれる人がいるじゃないか。行動を起こせばこんな人たちに出会えた。参加しただけの私にも出会えた。
世界には心優しく、解決策を考えてくれる人達は手を伸ばせば届く所にいる……それなのにどうして発達障害者はまだ苦しむ人が多いのだろう? それだけ人と違った脳を持つとダメなのだろうか。
こんな優しい人たちがいてもダメならもう何をしてもダメなんじゃないだろうか。
そんな思考に陥った時ふと好きな漫画のあるシーンのことを思い出した。
(以下引用)
「それほど長い間、人は互いに信じ合い助け合う素晴らしさを説いているのに…なぜ世の中には未だに争いや戦いが満ちているのか…私が何を説いても無駄ではないのか…」
「あの、あなたは毎朝シャワーを浴びますよね」
「?…ああ」
「食事もされますよね?」
「ああ」
「洗っても洗っても汚れるからシャワーを浴びるのやめようとか、食べても食べてもお腹が減るから食事をするのをやめようと思いませんよね? それと同じことかと」
(新潮社 BUNCHcomic 藤栄道彦作 最後のレストラン九巻74〜75ページより)
始めること、続けること。
全てを変えることは出来なくても何かを変えることができる。
きっとそこには出会いが必要なんだと思う。たった1日の三時間の試みでも人は新しいことを知ることができる……。
この場にはそんな出会いを生み出す力がある。
きっとそれが世界を変えていく。
だから私はOne day cafe Kyotoが全国、48都道府県、各政令指定都市、世界各国主要都市、津々浦々、全世界にあればいいのに!
と参加を続けるのだ。
ライター■しょーこ
神戸に住む発達女子。2017年は自助会(発達障害の当事者の交流会)にたくさん行くことで人生を考えようと思ってます。本を読むのも書くのも好き。好きな作家は村上春樹と西尾維新、ほか大勢。発達障害に関しては茶道とハンドスピナーを推してる。